丸森から世界へ
丸森で起業を選択
【経緯・ストーリー】
東京で会社員をしていた時に、2019年丸森町を未曾有の台風災害が襲いました。この災害が東京にいた私の中で、残りの人生を東京で老い終わらせていいのだろう?かという疑念の種が芽生えました。時間が経つとともに、種は発芽し、革新となり、残り少ない現役の人生を丸森で活動しようと決めました。丸森町は私の妻の故郷であり、私の母方の実家も丸森町館矢間地区にありました。
20年ほど前のある夏、妻の実家でご馳走と、お酒で振る舞っていただき、ほろ酔いの私の酔いを冷ますために、妻が私を車でとっておきの秘密のスポットに連れ行った時のこと。
車の扉を開けると、真っ暗な夜空のキャンパスに大きな大きな源氏蛍が数え切れないほどの量、稲穂の先から、田んぼ中、そして竹林の奥の奥まで大きな光量を放ち飛び交っていました。光っては消える蛍の源氏蛍の動的発行運動の大群に酔いが覚めるほど感激したのを鮮明に覚えています。妻はこの秘密の蛍スポットを守るため、私に詳細な場所を教えることはありませんでした。
地域の人しか知らない隠れスポット、故郷の景色を守りたいと思える彼女の気持ちと、台風の災害、そして消滅可能性都市の認定と、様々なことが重なり、丸森のために何かできないかと感じましたし、何より自分自身が必要とされる環境を求めていました。
東京は優秀な人材が溢れかえるほど駐在しています。ならば、必要とされる地方で挑戦しようと、ご縁があり、丸森町へJターンしてきました。
【猫神・犬神信仰の聖地】
宮城県最南端の丸森町は、日本一の猫神信仰の町。養蚕で最盛期を迎えた明治期、養蚕業の天敵である、ネズミの駆除で活躍した猫(相棒)を供養する際、石に猫の絵や文字を入れ供養碑として建てられました。国内猫石碑総数の半数を超える86基の猫神石碑が確認されています。
現在調査は継続しており、地元町民の発見、口コミで石碑の数は日々増え続けています。
ではなぜ、小さな町丸森町でこんなにもたくさんの猫石碑が作られたのでしょうか。謎が残ります。
そしてさらに犬神様、狼(神)、鶴、蛇、石碑など、さまざまな動物の石碑が丸森町大内地区で発掘され、今や、猫神様の町、にとどまらず、日本でも珍しい動物石碑の町と専門家にも認定され調査が日々継続されています。
(画像参照)
別の視点で、宮城県は日本一の”猫神神社”数を有する都道府県です。その数は10箇所以上。専門家の調査によって証明されています。なぜこんなにも宮城県、丸森町では猫が神格化しシンボルとなったのでしょう。
病や、ピンチが訪れた時、江戸時代や明治時代の頃は薬もなく、手と手を合わせ、祈っていた時代背景を考えると、ネズミ駆除要員のである、養蚕業のHEROたちが、困った時の猫様頼み的に、神格化していた様子が解釈できます。
【猫と犬の町丸森】
猫神神話、信仰の文化を有する丸森町から、猫ブランドを立ち上げ、ものづくりを通して、地域の持つ歴史や文化、土地の素晴らしさを皆様にお伝えしてくことができれば幸いです。
そして目標は、新しい産業を丸森町にもたらすことです。
世の中が求めている会社を作ることで地域の必要性を産み、地域の雇用を生み出し、”仙台(東北)飛ばしをなくしていきたいと考えます。
猫(犬)の手でも借りたい、困ったときの猫神・犬神だより
丸森町を消滅させない挑戦が始まっています。
令和7年 9月1日 浅野美智男







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ACCESS
MICHINOKU BASE
〒981-2102
宮城県伊具郡丸森町字町西25
齋理屋敷CULASTA内
所要時間_
車:東京駅 4時間半 / 仙台駅1時間 / 伊達市35分 / 相馬市35分 /福島市1時間
電車:東京駅 3時間 / 仙台駅1時間 / 福島駅 1時間 /